環境で、分断国家アメリカを修復できないか トランプ氏の顔が立つ温暖化対策の実現に知恵の出し時

コラム
2018年1月28日
ピッツバーグ南方でまだ操業している大規模な旧式コークス炉。公害が問題になっている

ピッツバーグ南方でまだ操業している大規模な旧式コークス炉。公害が問題になっている

PV-Netの創設以来、評議員を務めてくださっている元環境省事務次官で、慶応大学特任教授の小林 光さんが、米国イリノイ州のノース・セントラル・カレッジで授業を受け持つことになり、2017年8月より1年間の予定で渡米されています。ノース・セントラル・カレッジのあるネイパービルは五大湖のほとりにあり、トランプ大統領の選挙基盤となったラストベルト(錆びついた工業地帯)に近接しています。その現地より、朝日新聞「WEBRONZA」に寄稿したレポートが、示唆に富む内容となっていることから、今回、本サイトでも紹介させていただきます。

レガシー潰し

大学で環境を教える同僚の先生方に聞くと、人為による地球温暖化について懐疑的な学生は昔はいたが、今はいない由である。2017年だけでも史上最強級の二つのハリケーンがアメリカを襲い、カリフォルニアでは異常に長いフェーン現象の熱風で住宅街へも延焼する大規模な山火事に見舞われるなど、エビデンスがあるので、温暖化が実感されているのだと思われる。

環境異変への国民の関心が高い中でも、トランプ大統領によるオバマ・レガシー潰しは進んでいる。

前オバマ政権は、その初期に議会に対し、堂々の温暖化対策法案を諮ったが、あえなく撃墜されてしまった。オバマ政権は、そのトラウマから議会との調整を諦め、もっぱら行政権限で施策を構築した。それを逆手に取られ、行政的に施策を撤回することが容易になっているように思われる。実際、あれほど大きな官庁の米環境保護局(EPA)が、それ自体の設置法を持たず、それでもなぜ強い権限を行使できていたのかは、筆者にも不思議である。法的な基礎がなくて膨らんだ部分は攻撃しやすいのではないだろうか。

オバマ・レガシー潰しは、かなり徹底的である。

既存の石炭火力発電所への規制案を示したときに併せて公表したインパクト・アナリシス・リポートは、現在のEPAのサイトからなくなっている。子供向けの気候変動を解説する資料も更新されておらず、近々なくなる旨のアナウンスが出ている。政権権交代があったにせよ、政府が公費を使って作成、公表した文書を消去してしまうなど、正気とは思えない。

アメリカ人の日常の信条としても「連邦政府は課税ばかりして大きくなり、人々の働きを搾取する」という反感は大きい。州の自治など分権的な統治を好むので、EPAいじめが直ちに、国民の反発を呼ぶわけではない模様ではある。

けれども、そこをさらに逆手にとって、州や市が独自に、パリ協定で登録した米国目標の実現を目指す動きが元気いっぱいに展開されている。

「We are still in」(WASI、私たちはいまも参加している)という合計1億3千万人が住まう全米2500以上の州や市、企業の連携組織である。2017年11月のボンでの国連気候変動枠組み条約第23回締約国会議(COP23)では、連邦政府とは別にパビリオンを構え、プレゼンテーションをして、意気軒高な姿を見せたと聞く。また、12月頭には、シカゴで、エマニュエル市長が主催し、北米都市気候サミットが開かれた。

WASIのパビリオンで演説するゴア元米副大統領=2017年11月、ボン

WASIのパビリオンで演説するゴア元米副大統領=2017年11月、ボン

石炭規制を巡る混乱

オバマ政権が力を入れてきた石炭火力規制は、1年に及ぶ意見聴取などの準備を経て、2015年8月に公布された。相当数の旧式石炭火力を廃止に追い込むものだった。

その内容は、(1)個々の石炭火力発電所の熱電変換効率を4%向上 (2)ガス火力や再生可能エネルギーによる発電の強化 (3)年率1%の節電強化、を前提に、各州にMWh(メガワット時)当たりのCO2排出量の長期目標(2025年または2030年)を立てた上で、実行することを各州の権限事務とするものである。総体として、米国の発電部門からのCO2排出を25%~30%削減し、同国のパリ協定上の目標(NDC)の達成に大きく貢献するもくろみだった。

しかし、共和党系の一部の州知事や産業界の緊急の訴えを認め、最高裁は2016年2月に発効を差し止めた。一方、「清浄大気法を根拠に石炭火力規制を進めることはEPAの授権の範囲を超えて違法だ」という訴訟も、進展がない状況にある。プルイットEPA長官は2017年10月11日、既存石炭火力規制の撤回と、新たな石炭火力規制案の制定方針を宣言した。

米国は気候変動枠組み条約の加盟国にとどまっている。CO2を大気汚染物質と認めるかねての最高裁判決も有効だ。これまでの訴訟での原告側主張は「連邦政府ができるのは合理的な排出規制にとどまり、電源構成をどうするかなど個別火力発電所の裁量を超えた規制は違法であり州権限を侵す」という穏当なものだ。トランプ政権下のEPAも、何らかの石炭火力規制(例えば熱電効率)を定めるのは必至だ。民主党系の州では、州法によって、電源構成を含むCO2規制を開始することになるだろう。環境派からは、トランプ政権による規制撤回や新規制制定に対して違法確認の訴訟も起きよう。

このような混乱は、トランプ政権の統治能力への疑問を高める可能性が高い。2017年には、大きなハリケーンが二つも米国を襲い、カリフォルニアでは、強いフェーン現象で未曽有の山火事が発生するなど、天変地異が続いている。ラスベガスの銃乱射事件などもあって、世論はトランプ政権に厳しい目を向けている。

実際のピッツバーグは

トランプ大統領は「自分はパリ市民ではない。ピッツバーグ市民を代表し、パリ協定を離脱する」と述べた。ピッツバーグ市長は、直ちにパリ協定を支持することを言明した。これが気になっていたので、実際に訪れてみた。

ピッツバーグ市は、重厚長大産業による煙害著しく、かつては昼でも前照灯なくして自動車は走れないという公害都市であった。しかし、今では、全米でも指折りの、住みたいまちに生まれ変わっている。空港では「全米一の安全な大都市」との広告が躍っている。実際に夜まちを歩いていても危なげはないし、古い建物を再開発した魅力的なレストラン街もできている。トランプ大統領の言いぶりは大いに的外れである。

同市は、前述のWe are still inや持続可能な都市を目指す世界の200以上の自治体が加盟する「ICLEI」(International Council for Local Environmental Initiative)に参加している。気候変動政策についても詳細な計画を持っている。2023年の温室効果ガス(GHGs)排出量を2003年比で20%削減することを手始めに、2030年には全市エネルギー消費量や交通系CO2排出量を半減し、2035年には市内全エネルギー供給を100%再生可能エネルギーにするという。公害に苦しんだ都市として、環境に負荷を与えない新しい都市を作ることが使命と認識しているようであった。

しかし、今回訪問して分かったことは、ピッツバーグ市の周りには、まだ公害を引きずり、さびれた地域が広がっていることだ。例えば、ピッツバーグの南方、鉛精錬などで栄えたドノラ市では1948年10月末、折からの逆転層の下へ精錬排ガスが滞留し、3日間で27人が死亡し、6千人以上が呼吸器を害した。結局、工場はいなくなり、大いにさびれた地方都市になった。

トランプ大統領は、工場の廃虚から再生を果たしていない地域の代名詞として、ピッツバーグを思い描いたのだろう。けれども、これらの地域は、公害規制でさびれたのでないし、今さら石炭が安くなっても、復興できるわけもない。パリ協定離脱との因果が不明な奇妙な言説であって、大統領の統治能力にはやはり疑問符がつく。

有名な大気汚染被害の街、ドノラ。看板にスモッグなどの字も見える。今はさびれてほとんど人影がない

有名な大気汚染被害の街、ドノラ。看板にスモッグなどの字も見える。今はさびれてほとんど人影がない

トランプ氏の人気回復策は

トランプ政権に温暖化対策に復帰してもらう策はあるのだろうか。いくつか私見を述べてみたい。

例えば、国境を越えた業界団体や先進的な自治体や企業などの非国家主体が、温暖化対策に自主的にコミットする。この画期的な仕組みを「ニューヨーク議定書」などとして定める。名称は冗談だが、その中身について言えば、国際自動車製造者連盟や鉄鋼連盟のような産業団体が、最善の製造技術などを導入して世界のGHGs排出量をどこまで削減するかを約束したり、バリューチェーン全体の再生エネ100%使用を目指す「RE100」の約束に参加する企業の努力を客観的に評価する監査の仕組みを提供したり、といったことが考えられる。2002年の持続可能な開発に関するヨハネスブルク・サミットの時に試みられたタイプ2の国際約束の発展形と言え、あながち夢想とは片付けられない。

また、外国企業が米国内で新たな投資をして削減したCO2量(例えばその10分の1)を、当該投資企業に移転、帰属させる、言わば先進国版CDMもあるのではないか。CDMとは、途上国での削減量を、クレジットとして先進国に売却できる京都議定書上の仕組みである。外国企業に米国でのGHGs削減につながる投資を奨励することは、その削減量の一部が米国に帰属しないこととなっても、トランプ大統領の外資呼び込み策と合致するのではないか。1人当たりの排出量が世界トップクラスの米国には、豊富な削減機会があるとも言えよう。

さらに、パリ協定の改定でなく、枠組み条約の改定交渉を行い、パリ協定上登録した削減目標(NDC=Nationally Determined Contribution)を、何らかの条件、例えば、長期的には地球全体の気温上昇を2度未満にとどめる排出経路への貢献をするべく、将来的な大幅な努力強化約束など、を満たせば、野心の乏しい方へ一時的に差し替えられる旨の条文を書き込む、などはあるのではないか、と個人的には思う。NDCは、各国が自主的に設定して、実現していく性格を持つからである。

いずれにせよ、米国が、世界の今後の対策に参加することは必須である。米国の顔が立つ形を発見するべく、知恵の出し時である。また、筆者としては、そのことによって、米国内の分断にも建設的な出口が作れるのではないだろうかと思うのである。米国市民の環境への切実な心配に応えられれば、トランプ大統領も大いに見直されるに違いない。


小林 光
慶応義塾大学特任教授(環境経済政策)。工学博士。1949年生まれ、慶応義塾大学経済学部卒業。環境庁(省)では、環境と経済、地球温暖化などの課題を幅広く担当。1997年の京都会議(COP3)の日本誘致のほか、温暖化の国際交渉、環境税の創設などを進めた。環境事務次官(2009~11年)時代には水俣病患者団体との和解に力を注ぐ。自然エネルギーをふんだんに利用したエコハウスを自宅にしていることで有名。趣味は蝶の観察。